狩人は毎日血と膿と薬液の付いた包帯とシーツをとりかえ洗い熱湯で消毒し干す作業をくり返す。
 少年は特に人を襲うでもなく起きている間ほとんど痛い苦しい助けてほしいとうめいていた。

 薬漬けでも体力が落ちていく痛み止めは眠る間だけで、あとは冷やしたり気を紛らわしているしかないと狩人が説明すると、理解したのかうめくことはあっても助けてということは無かった。
 気を紛らわすといっても少年は文字が読めないので本も読めず狩人が話相手をする以外なかった。彼が少年に話すことは何も無いので何冊か部屋に転がっていた古い本の逸話や童話集の物語を話すことにした。
 はじめのうちは話をする、というより単語の意味や述語の言い回し自体が少年にとって難しく、その説明だけで話が全く進まないかった。

 少年があまり話さない、口数が少ないというのは喉を痛めているというだけでなく、まともに会話をしてこなかった、という事なのかもしれないし、自分から口を開いてはいけなかったのかもしれない。

 彼が良く理解していたのは自分が妖魔だということと、殺されるということと、ひどい脅し文句や理不尽な理由で難癖を付ける汚い言葉と笑顔と安っぽい淫靡な言葉とスカートをたくし上げることだけだった、狩人はそういう言葉はあまり言わないほうがいいし、笑う必要は無いとだけ告げた。



 本の読み聞かせが始まり3日たった。
 最初の短編の話の区切りがようやくつき、本を閉じると狩人が少年に尋ねる。

「名前の一つでも思い出したか?」

 少年は首を横に振る

「わかった」
「……あなたは?」

 少年は眉間に少し皺を寄せて尋ねる、口を開けば怒られるのではないだろうかといつも緊張しているようだった。

「俺の名前はジンだ」

 狩人は軽くそう言うとしおり代わりにしている赤い紐を本にはさみこみ閉じ、薬の準備をするために席を立つ。

「お前にも名前ぐらい必要なはずだ、考えておくよ」

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