真夜中にある村の医院の戸を叩く音が響く。そこに住んでいる初老の医者はしぶしぶ起き、まず窓のカーテンのからそっと扉の入り口を確かめた。
 一人だけ、背丈からたぶん男だ。カーテンが動くのを察知したのか外にいる男は窓のほうに顔を向ける。
 外套のフードを深くかぶり顔が見えない、亡霊かなにかかと職業柄にも無く肝を冷やしたがこの赤いマントのついた外套に医者は見覚えがあった。
 鍵を開け扉をひらくと部屋に入り一言素っ気無いあいさつをすると男はフードをはずした。そこで知り合いのせがれの狩人だとはっきり思い出す。彼は薬を大量に所望しに来た。

「医者でも始めるのか?」

 袋から机へ支払う金貨を数える男に声をかける、彼はまだ若いが初老の医者よりも髪が白い、子供の頃から白かった。
 狩人の体にある首の大怪我や体中の傷のいくつかはこの医者が手当てした。

「いいや」

 一言だけ狩人は答える。

「何か、手伝えることは?」
「無い」
「酷い顔してるぞ」
「あまり寝ていない」
「左手は、狩でやったのか?」
「さぁ……自分で何とかできる程度だ」

 狩人は薬を布で包み医者のほうを見ずに冷淡に答える。医者は叩き起こされた嫌味も込めて言う。

「私は医者だ患者がいるなら呼んでくれたまえ、お前のその手よりは何倍も器用だし傷がきれいに仕上がるぞ」

 それを聞くと若白髪の男は医者に目配せし、謝るように口を開いた

「悪い、ドクター、俺の問題なんだ」



 白髪の男は窓を開け血とエーテルの臭いがこもった部屋の空気をかえる。

 彼は昨日の夜からほんの少し睡眠をとって、うっすら日が登り始めるころには器具と布の消毒で湯を沸かすために火を沸かしたり、水を大瓶になみなみになるまで汲んだり忙しかった。午前の日を眩しそうに見つめる。少年の手当ては終わった。
 彼は少年の体をよく拭き、傷を看た。体の前の刺し傷は跡こそ残りそうだがシンプルな傷で再縫合の必要はないくらいで消毒だけ行う。
 背中の傷は彼が思っていたよりひどかった。日が経ち血は出ていないものの、よく見るとずさんな手当てで傷口に糸くずや砂利などが入り込んだまま塞がりその下で赤紫に腫れ膿み、ところどころ皮膚が再生していないところは体液が染み出ていた。男はその背中に入り込んでいるゴミと膿を丁寧にかきだし薬液を染み込ませた薄布を背中に貼り付け手当てした。
 そして、少年の股の傷も見たがこっちは"そういう施術の技能を持っている人間が適切に処置"してあるようで綺麗な傷跡があるだけで問題は無かった、それ自体問題なのだけれどと彼は思った。

 狩人はため息をつくと急に眠気が出てきた。



 部屋にベッドは一つしかなく空いて無いので狭いソファで狩人は旅の外套を適当に体に巻きつけ日が赤く落ちるまで寝ていた。
 少年が生きている事と薬が効いているかを確かめると何か口にしようと外に出て行った。

 小料理屋でとうもろこし粉粥と鶏肉と葉物を煮た物を口に運び軽い酒で飲み込む。
 いつも外に出るときは狩人は必ず髪の毛を隠すフードの付いた服か外套を着込んでいるがこの町では着ない。
 彼は子供の頃からこの町へよく来ていた、この町の人は狩人がここに仮住まいを持って、よく親に連れられていた白髪の子供が狩人になったことも知っている。そのおかげか素面でも変な因縁をつけられたり絡まれることは少ない。静かで賑わいの無い町だが狩人はそんなところがこの町の唯一のとりえだと思っている。
 小さい食後酒を一本もらい青く暗くなった外へ出る、町の外周りへふらりと散歩し少年は何を食べるのだろうかと狩人は考えていた。まず固形のものはよした方がいい、砂糖や乳が手に入れば一番いい……このあたりでは乳は加工品以外無理だろうな、卵や果汁がいい、市でもたてばなにかしら手に入りそうだと普通に考えていた。

「…………」

 妖魔が好きなものはもう決まっている、人の心臓の肉と肝臓だ。中には血液だけに異様に執着する個体もいると聞いた。狩人は少年が妖魔で無いことを確信している。しかし人を食べないか、なんてあいまいなことは確信していない。人が人肉を食べれないことも無いのだから。
 今こうして少年から目を離すべきでないのも理解している、ただ狩人の彼とってここに居られなくなるような出来事が起ころうと別にかまわなかった。もしそんな事が起こった時は人語を理解する少年はどんな気持ちで人を食べるのか話をしてみたいという興味もあった。


◀前  次▶