あの後、半日ほどで狩人が戻ると少年は床で倒れていた、生きていた。
 痛みで気絶したのかもしれない。気絶してるほうが心身ともに休めていいと狩人の男は思った。
 そして次の日、少年は目を覚ますとそのままずっと眠れず丸一日中うめいていた。狩人が飲ませた痛み止めがろくに効かなかった、体力を酷く消耗をしている。寝返りひとつうてば激痛がはしる体は眠る暇は無い。

 妖魔の狩に毒や薬が使われることは無い大量に必要になるからだ。おそらく半妖の少年もそうだろうと狩人は思ったがあいにく手持ちの薬では全く足りない、ただこの町で器具や薬を大量に買い入れる事は不自然で足が付くかもしれない。無駄な警戒かもしれないが彼はそれを避けたかった。
 早く、明日にでも町を出ようと狩人は決めた。
 その前に、あの趣味の悪い男に、妖魔狩りにことに関して“だけ”は今まで一度もした事が無い自分の顔に泥を塗る言い訳を狩人は考えなければならなかった。


 先日と同じ、館の中、ただ部屋は赤い床の書斎。
 貴族の男はゆったり狩人の報告を聞いている。自分から頭巾を取り膝をつき申し訳ないような素振りをみせながら無表情の白い狩人は「にげられました」と言う。
「なんだと」
 貴族の男は椅子から立ち上がる。
「町を出たようですね」
 焼けて死に掛けのガキ一匹殺せないのかと目の前の駄犬に勢いのまま怒鳴りつけたかったがこの一言は喉で噛み潰した。まず、あの子は妖魔だったのだ、死体は欲しい。
「…で、追うのだろう?」
 貴族の男はああ、この町で殺してもらえれば死体を回収しやすいのにな、まぁ頭、目だけでも十分かと思った。
「いえ、あの手のやつは面倒です」
「どういう意味だね」
「ずいぶん呪の言葉を吐いていましたよ、言葉を、知能を持っています。逃げたからには追跡を理解し隠れ潜みます、私でもそう簡単には……」
「……聞いた評判とはかけ離れたとんだ無能者だな」

 この狩人に用意した報酬以外にも狩人を探す為にかけた金のことや、どこかの誰かが勝手に吹聴していたこの狩人の異名や武勇伝を種に散々楽しそうに罵倒され続けた。
「見世物小屋にでも勤めろ、それか、白カツラ欲しかったんだ、一生……飼ってやろうか」
 荒く椅子に腰を下ろし白い頭の狩人を笑顔で睨め回す。狩人は下を向いたまま首を横にふる。
 罵倒に飽きると指で合図し女の召使に狩人を下がらせるよう屋敷の主は指示する。
「申し訳ありません」
 礼をすると狩人は部屋を出て行った。

 部屋を出ると狩人はこの屋敷に来たときに出迎えた老いた召使に呼び止められる。物置代わりになっているような質素な小さい部屋に招かれると椅子に座るように促され、それに応じ狩人は素直に席に着く。
召使は狩人の手に気づいた。
「お怪我は狩の際に?」
「ええ、妖魔は怪我をして弱っていたが、手負いの獣ほど―……とはよく言います」
「外まで聞こえておりました、主が大変失礼を……」
「いいえ、獲物を狩れなければ追えなければ狩人は無能です。犬だったら殺処分だ……温情ありがたいものです」
「妖魔は―
「追うのは困難です」
「いえ、戻ってくることなどはあるのでしょうか?」
「変な事を聞きますね、心配なら……早くほかの狩人を呼べばいい。そしてその狩人を一生飼えばいい、そうすればたとえ何をしても……安全だ」
 顔色老いた召使の顔色が悪くなった。
「……失礼します」
 立ち上がると狩人は先ほどから脱いでいた頭巾をかぶり、外套の形を正し外へ向かう。その途中、すがるような老いた召使から怪我の治療代だ、と報酬を握らされた。


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