鍛冶屋

ハンチは本名の愛称。


 目的の鍛冶屋、鍛冶職人はスミスで、老人。
 会いに行く際に何度もウィルはジンに釘を刺された。
「会話するなとは言わない……しないほうがいい」
「どうして」
「どうして、なんで、も止めた方がいいかもな」
 顔を曇らせ黙るウィルの姿を見て付け加える。
「俺にじゃない、そのじいさまにだ……どうして、か?」
 “多分”と付け加えて小声でジンは話す。
「何を言っても彼が満足したり納得するようなことは無い。心配、甘言、皮肉、天気の話でも、何をいっても全て口ごたえだ、まともな会話にならない」
「話しかけられたら?」
「……返事だけしてればいいんじゃないか、嫌な思いをするのは覚悟しておくんだな」


 広い道から少しはずれた森の中に三棟、建物が建っている。  二階建ての木造ボロ屋に、塗り壁が割れた石造りに、泊まらせてくれるというがらんどうのボロい納屋。

 そこに住む主が石造りから出てきた、ウィルが彼に持った第一印象は声の大きい人だった。低くて大きな声で、手の節が太く、目がギラついている中肉の老人。
 怖かったのでウィルは一方的にあいさつをしてすぐに納屋に荷を置いてくるとジンと老人の居る場から離れた。大きな声で会話しているのが背中に聞こえた、ジンも大きな声を出していたので老人は耳が遠いのかもしれない。

 大きい旅荷だけを納屋におろすと必要なものを買いに行ってくるとジンは外套姿のまま日が暮れ夜のうちから町に出かけて行った。


 ウィルは一人のこされた納屋で着のまま眠り朝になった。
 焚き火用の薪でも森の中で拾っておこうかと納屋の外に出ると目の前に老スミスが居た。
 石造りの建物が剣を打つ鍛冶場で、そこの長桶と瓶に水を一杯にしろと川の位置を大雑把に伝えウィルは老人に水桶を押し付けられる。 五往復程度では水はほとんどたまらない、馬の水桶の二倍はありそうな長方形木桶と見たこと無い大きい水瓶だった。
「一回ザッと洗って水を抜け」
 後ろから声がかかる。ウィルは返事をして側にあったタワシでこすり洗い汚れた水を水桶で掬い外にまで運び地面に流す。桶がきれいになると水を川に汲みに行く。
 老人は不機嫌そうに鍛冶場に居ついてウィルの仕事ぶりを眺めていた。
 朝から初めてもう日が暮れる、一日かかり水が一杯になり仕事が終わったと、頭を下げて鍛冶場から立ち去ろうとすると呼び止められた。
 ウィルは返事をし、振り向いたものの目を合わせることが出来なかったのでずっと下を向いていた。
 それがカンに触ったのかがなりたてられる。主にジンのことについて。

 ジンが弟子を取らないのはオマエが邪魔だからで、剣を教えてもらっているらしいが水汲みもろくに出来ない体では無駄だと、小間使いもどきはあいつから離れてやれ、そういうことを長々と大声で言われた。
 言われている間ウィルはめまいがした。ジンはそういう事ではない。自分が居なくなる程度の単純な解決方法なんてないと確信している、でも他人に自分をそういわれると不安がジワジワ湧いてきた。
 一言「違う」と言葉に出せば気は済むかもしれない。
 ただ、老人のこの言いがかりの熱量には自分が何を言っても無駄なのも理解したので黙って聞いていた。
「うせろ」と言われるまでウィルは黙って聞いていた。


 ジンは夜明けに戻った。ウィルは納屋で毛布を頭までかぶっていた。赤いマントのついた外套を外し納屋の壁の隙間にはさみこむように雑にかけてジンは尋ねる。
「どうした」
 眠ってはいないと毛布がゆれるが返事はない。
「……あと十日はここに居る、いいな?」
「はい」
 元気の無い返事だった。


 夜が明けると薪の準備をしろといわれ二人は山に出た。
「炉の温度を保つために大量の薪が必要らしい……近場の木は切る訳にはいかない、老人は遠くまで薪作りにいけない」
 そういうとジンはもくもくと木を切り出し割っていた。ウィルは出来た薪を背負ってやまから小屋まで運び、薪を地面に広げ少しでも乾燥させやすくする、それを何往復もする。朝から日がかげるまで食事も適当にすませる。
 この木こりの真似事を三日続け薪の山が出来上がった。
 それでようやくスミスも仕事を始めると言っていた。


「ジンさん、肩と足が痛い」
 薪を運ぶ背負子のすれた跡がウィルの両肩に出来ている。
「……俺も腰とわき腹が痛い」
 二人は川まで降りて服を脱ぎ、汚れと疲れがこびりついた体を拭き、着替える、汚れた服は水に浸して後で洗う。
「できるまで一週間ぐらいだろう、剣の稽古は?」
「したい」
「模擬剣がないから適当な木の枝を落として作っておいてくれ……俺はスミスの手伝いだ」

 ウィルは固そうな手ごろな木の枝を二本切り出し納屋に持ち帰る、持ち手になる一方の端の部分だけ石で節やトゲが出ないように木肌をよくこすり潰す、後はたき火の近くに枝を置き置き乾かせばいい、本当は自然乾燥のほうがいい。
 納屋の軒先で火を起こしている最中にジンは戻ってきた。
「来るなといわれた、暇だから今日からは火を通したまともなものが食べられそうだ」
 そう言うと熾った火の周りに石を組みかまどを作り始めた。

 暖かい夕飯の後焚き火の明かりの近くで乾かした枝を二人で小ナイフで枝を削る、先が重すぎるのでバランスをみながら身を削ぐのと、柄をそれぞれ好み握りの形まで削る、強度が無くならない程度に。

 ウィルは出来上がった木の棒を持って立ち上がる、数歩焚き火から離れ踏み込み中を薙ぐ。剣より抵抗が大きいので大きい音がなる。
 ジンも手を止めて右手に柄を這わせ軽く指どおりを確かめ、素振りを続けるウィルに声をかける。
「あの偏屈になにか言われたか」
振りきった姿でピタリと枝を止め首を横に振る。


 残りの日は自分たちの食事のついでに老スミスにも食事を持って行くか、剣の稽古をしているかだった。
 暑い石造り鍛冶場の中に食事を持っていったジンに嫌味な大声が飛ぶ。
「ガキの世話をしているだけあってやっと気が効くようになった!」
「そのガキに相手に老人がムキになってなにか言ったな」
「覚えてねぇ!」
「剣の稽古を見に来てたな、感想は?」
「あ、棒っ切れの音がうるせぇだけ。酔狂だメスガキに剣を教えてどうする、嫁か!?!?」
 薄ら笑いを浮かべ品の無い指の形を作った、この若白髪の無表情をどうにか崩そうと挑発する。
「アイツは女じゃない」
 挑発されても小さくため息がでただけで態度も口調も一切感情をみせない。
「どっちでもいい!口減らしのできそこないのヒョロヒョロはどこで拾った、山か?川!?狩人どころか兵にもなれやしない!無駄だ!!」
「無駄?コソコソ何回か見に来てよく言う、こっちは剣が心配になるよ」
 ジンは赤くこうこう光るままの剣をチラリと横目に言う。
「彼には剣が必要だ」
「おい、ハンチよ」
 ジンは呼ばれ忘れかけていた名前を思い出した。
「おまえも家を潰すんだな」
 老人は先ほどのように大きな声ではなくしなびていた、二人の間の空気が張り詰める。
 ジンはゆっくり噛み付くように答えた。
「違う、とっくに潰れている」



 あれからジンと老スミスはまともな会話をしなかった。
 仲良くしたいワケでもないし、気分しだいで仕事を左右させるような男でない事をお互い知っているのでそんなことはどうでもよかった。ジンはいい剣が手に入ればそれでいい。
 剣はもう出来上がり柄の取り付けと鞘をあわせる作業に入っていた。



 ジンは納屋に居る時に無言で老人に呼ばれ火の落ちた鍛冶場までついていった。黒ずんだテーブルの上に出来上がった剣が置いてある。
 刀身を抜き、刃と重心をひとしきり観察しおえると鞘に納めた。
「どうだ」
「あぁ、申し分ない」
「お世辞ぐらい言え」
「……そっちの剣は?」
 机の上にジンの剣の長さが七分ぐらいの細身の剣も置いてある。
「金は払わな
 言い終わる前に怒声が飛ぶ。
「ガキに渡せ!  ……前に売るために大量に作ったあまりものだ」
「そのガキを呼ぼうか?」
「こないだろ」
「こないな」
 呼ぼうかといっておいて当たり前のようにこないと肯定し、ジンは老人をけなす。
「……取り回しの効く軽い、裂ける刃の剣を使うべきだ」
 手に顔を乗せ疲れをほぐすように眉間をもみながら老人は呟く。
「そうだな、あたりも抜きも弱いから、幅のある刃を深く食い込ませたら肉に剣を簡単にとられる」
「でも」と強く言葉を区切りジンはしみじみと言う。
「剣の穂先の取り回しは抜群だ」
 初めて聴いたジンの声の色に老人は少し寒気が走った気がした、ごまかすように大声で尋ねる。
「何を育てているんだ!?護身用の剣にしても兵でも気迫が十分すぎる」
「……あんたも剣を渡したくなったろ」

 帰り道についてしばらくして、鍛冶屋から離れてからジンはウィルに老スミスからのプレゼントだと言って剣を渡した。
 ジンがあそこまで雑務に我慢して作ってもらうような人の作った剣なのだ、いい剣なのはわかる、でも嫌悪が勝ってしまい複雑な顔で剣を受け取ったウィル。
 抜いてみろとジンに促されるままに刃を抜くと白い引き締まった細身の刀身が現れる、波紋のようなごくわずかな凹凸が入っている。
「いい剣だ、もらっておけ」
「なんでくれたの」
「さぁ、俺はただ”渡せ”と言われた」
「今度、お礼、、言う」
「次は無い」
「ジンさんの剣、ダメだったの?」
「いいや、いい剣だ。曲がらない欠けない、固い健や骨を切って何年も耐える……代替のない、いい腕だ」
「なら、どうして、次は死んでるから?」
「それもあるが、彼がこれ以上のものを作る事は無いし、金と木こりの真似事の労力に見合うかと言われると……」
 ジンは言葉を長く止めた。
「昔は弟子がいた、炉に使う薪の山をつくるのはそいつらの仕事で……弟子は修行途中で逃げ出して独立して“そこそこいい剣”を作ってる」
「おじいさんは知ってるの?」
「ああ」
「だから怒ってるの?」
「違う、悲しんでる」


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