ジン……妖魔狩人の男、人間、白髪、顔に愛想はない
ウィル……ジンが拾った半妖の少年、ジンと一緒に暮らして四年ぐらい




 ジンはありったけの金貨と金棒をつめた皮袋をベルトにくくりつけていた、剣を造ってもらいに行くのだとウィルに話した。
 その鍛冶屋、スミスは「老いてもなお腕は衰えてないものの、偏屈さと人嫌いが酷くなった、手紙の返事も来ない」
 ジンが偏屈と言うなら相当なのだろうとウィルは思ったが言わなかった。
「死んだのかどうか確かめに行く、達者に生きていれば作ってもらうし……ダメだったらそのまま足を伸ばして鍛冶や製鉄が盛んな町で何本か適当に見繕う、一緒に来るか?」
 ウィルはもちろん行くと返事をした。


 平坦で土のままの広い道が延々と続いている、荷を引く馬やことづけでも預かってるのか早馬が良くすれ違うし、落し物が良く落ちている。
 その落し物を拾う専門の職業の人もいる、堆肥にして売る。
 道すがら馬屋は何軒も見た、道沿いに点々とあり馬の貸し出しと疲れた馬の乗り換えを行っている。
 ここは国で馬の数が一番多い、この地方の人間は生まれる前から馬の世話をしている。どこの国の人間よりも足と農耕に馬を十分に使う、肉から骨までとジンはウィルに説明した。
「いまから会いに行く老人は、鉄も石炭も乏しい穀倉地帯でこんなところでわざわざ剣を打ってるんだ、海の向こうから来た鋼を遠路はるばる運ばせて」

 ジンはウィルを馬屋の近くに残しその老人に会いに行った。
 残されたウィルは馬の囲いの柵にしがみつき中に居る鞍をはずされてくつろぐ馬を眺めていた。
 ウィルは馬は寝転ばないものだと思っていた、足を折って座ったり寝転んだり出来ない生き物だと思っていた、走る姿から、特に速く走る馬からは想像できないし、寝転ぶ馬を描かれた本は見たことが無かったからでもある。


 ジンはすぐ戻ってきた。
「元気だったし生きていたよ、まだ剣が打てると言っていた。しばらく泊まらせてもくれる、お前も、…そのかわり雑務をこなせといっていた」
 ジンが話しかけたウィルは柵から手をうなづくが、視線が柵の中のままだった。
「馬、おおきいね」
「ああ」
「ジンさん、乗れる?」
「一応」
 ウィルの背中から期待のようなワクワクソワソワがジンにも伝わる。
「乗りたいのか?」
「帰りで……いい、気がむいたらで……乗せて」
 一応遠慮がちにウィルは頼み事をする。
もじもじするウィルにジンはキッパリ答える。
 「帰りには乗らない、  今乗ればいい」


 ジンはウィルを残して柵を飛び越えて人の気配がする馬小屋の中に向かい声をかける。すぐに威勢のいい男の返事があり馬飼いの下男が出てきた。そのまま借りたいのではないと伝えるとやる気が削がれたようだったがチップを渡し頼み事をすると快諾してくれた。

 ウィルの元に戻ってきたジンは顔で小屋のほうを示す、先ほどの下男が小屋の戸を開け馬の支度をしている。
「彼が馬の乗り方を教えてくれる」
 ジンは柵の間に手を入れウィルが柵の中に入るのを手伝う。
「言う事はちゃんと聞けよ」

 最初は乗り方、乗ってバランスをとるだけ、続いて馬飼いに手綱を引かれてゆっくり柵の中を歩くだけ。30分もしないうちに手綱はウィルの手の中にあり足さばきも覚え軽い競歩をさせていた。
 体の使い方、体勢の制御は普段からこなしているのもあるし、なかなかのバランス感覚だった。
 引く手綱をはなした馬飼いはジンのところへ来た、ジンは軽く礼を言うと男も軽く手を上げそれに答え、つづけて口を開いた。

「無口だがのみこみが早い子だ。まぁ馬もいい、へへへ……やさしい子だよ」
 馬飼いの男は一人で何か満足したように納得しうんうんうなづく。
「アンタ乗れるんだろ、自分でアノ子に教えてやればよかったんじゃないか、さっきの金なら柵の中じゃなくてフツーに借りられるぜ」
「得意じゃないんだ」
「じゃ、このあたりの道をずっーと歩き?!」
 金もあるのにモノズキだなぁと独り言をこぼしたのち、馬飼いの男はにやつき顎を撫でた。
「アンタも、練習する?」
「乗れない訳じゃない。馬飼いの民の君には言いづらいが……嫌いだよ、馬は」
 ふぅんと馬飼いは返事をした。
「……馬は怖くないか」
「怖いな、頭を蹴られたら一発だし、事故も多い、世話も臭いしキツイし、朝早いし、腰もいわすし、金回りもよくないし情が移れば潰すのだってツライし、若いの一頭落とすと責任だのなんだの一方的に負債を背負わされて馬飼い下男なんてそれで残りの人生終わりだ」
 深いため息をつき馬飼いはジンに話をこぼす。
「他の仕事も無い……アンタは旅人?剣、荒事師か」
「まぁ」
「オレにも腕っ節があれば、ここの一匹盗んで旅に出るよ」
 馬飼いの男は遠い目をしてから、地面でくつろぐ馬に愛おしそうに視線を戻す。
「アンタの子も荒事師に?」
「俺の子じゃない。……すこし預かっているようなものだ、好きにさせたい」
「馬嫌いでも馬好きにさせたい、か」
 ジンは首をすくめ、肯定と否定どっちともとれる返事をしてから話す。
「日が残ってる内に行くところがあるんだ、そろそろ……練習を切り上げさせてくれ」


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2016.02.21_下書き20160107