右腕の怪我

ジン……妖魔狩人の男、人間、白髪、無愛想
ウィル……ジンが拾った半妖の少年、ジンと一緒に暮らして四年ぐらい


 ある山奥の小さな村の狩りの依頼での出来事だった。小さい村だったので、狩りは昼のうち行われすぐ終わる。

 ウィルはジンの仕事が終わるのを待っていた。宿にと貸してくれた普通の家の空き部屋で一人待っていた。
 玄関が急に騒がしくなり胸騒ぎがし、その様子を部屋の扉を少し開け首を出し玄関口をうかがう。
 玄関には二人男が居て一人は部屋を貸してくれた主人でもう一人は息を切らして走ってきたのか顔が赤い。男主人がウィルの部屋のほうに振り向き、覗いていたウィルと目があった。ウィルはおどろきひっこみ扉を静かに閉めた。
 男主人と赤ら顔の男は足を踏み鳴らしウィルの部屋の前にやってくるとドアを開け、狩人とこの村から早く出て行くように、と荷物ごとウィルを家から追い出した。

 二人分の荷を背負い村の中を歩くウィル、ジンの居る場所はすぐに分かった、人だまりができていた。
 ウィルの背中に冷たいものが走った、間違えて人を殺してしまったのだろうか、と。重い荷を背負いなおし人の壁を押しのける。
 膝をつき右腕を押さえ血まみれのジンが居た、ウィルはジンに駆け寄り、荷を乱暴に降ろし中から清潔な布を引っ張り出しジンに渡す。ジンは受け取ると右腕の裂けた傷口に布を押し当て止血する。
「血が、い、医者……に」
 ジンは声をひそめながら呼びかけるウィル応える。
「この村には居ない様だ、それに――
 言葉を切り、周りを囲っている村人を見回す、人々が少しざわつく。
「手当てしてくれる気も、金を払う気もないらしい」
 ウィルは転がっていた死体の頭部に目をやる、間違えてなどいない、ちゃんと妖魔だった。
「代金を踏み倒す気だ……ウィル、村から出よう」
「でも」
「……行くぞ」
 真っ赤に湿った布を左手と歯を使いきつく縛り上げる。落とした剣を拾い上げジンは立ち上がる、剣は鞘には納めず抜き身のまま握り締めた。
 ウィルが荷物を背負いなおすのを待ち、村の外につながる道の方の人の壁に向かい歩き出す、村人は避ける。すれ違いざまの村人に妖魔は今日中に燃やして骨を砕いて捨てろ、と伝えた。

 二人は早足で村から遠ざかり道から山道、獣道へ入った。
 ジンは倒木がある場所でへたり込むように腰を下ろした。外套のフードをとる、いつもと同じように無表情だけれど汗ばみ、血色が悪く呼吸が浅い。ウィルを呼び荷の中から針と糸を取り出す、巻いていた布を剥がした傷口は大きく裂けている。
 糸は既に針に通したものを装備に入れてありすぐ縫える。ただ失血と痛みで集中力が切れるのと、左手で針を上手く掴めず縫えない、ジンの左手は過去に左腕の神経を傷つけたせいで指の微細な動きが出来ず不自由だった。
「ウィル」
「……だいじょうぶ?」
「まずい」
 あきらめたように血まみれの左手でウィルに糸と針をわたす。
「爪で大きく裂けてしまっている。縫わないと血が……血を止めることができない。以前鶏肉でだったか……教えたな?」
 顔が青ざめるウィル。
「……頼む」
 ジンは倒木から腰を下ろし地面に膝をつき右腕を倒木にのせる。腕から流れだす血が木にしみこんで行く。

 ウィル小瓶にはいっている強い酒を薄い布にしめらし針と糸と手とジンの傷口をふき、この状況では気休めだが消毒した。残った酒はジンが左手で受け取り飲み干した。
 慣れない手つきで木の上の右腕に針と糸を通していくウィルに、ジンは額に玉の汗をかきながらなるべくゆっくりとした口調で指示をだす。

「初めてにしては、よくできてる」
 憔悴しきった声でウィルをねぎらう。
 ウィルは布を裂き作った包帯をジンの右腕に巻きつけていく、巻いたそばから血がしみだし滲む。
 かすれた声をさらに震わせてウィルがつぶやく。
「血が……止まらない」
「そう、すぐには……少し、休ませてくれ」

 ジンは地べたに座り、倒木に背を預け右腕を押さえたまま微動だにせず目をつぶりゆっくり呼吸している。
「――うろたえないでくれるか」
 ウロウロする足音を立てるウィルに声をかける。
「めまいがして動けないだけだ」
 ジンは顔を上げ、いいから座れと自分の座る横を左手で叩く、ウィルはそこへ座る。
「村で……身ぐるみはがされなくて良かった」
 座ってもまだうろたえているのか体を硬くし、抱える膝を掴み押し黙るウィルを落ち着かせようとジンは話す。
「裕福には見えない村だったからな……俺達が憎くて追いやったワケじゃない、石を投げられることもなかった。感謝していないワケでも、ない……たぶん」
 独り言のように続ける。
「こういう事はたまにある。いつもなら……脅してでも取り立てる、どんなにごねようと半分以上は必ず……報酬の金額というのは妖魔狩人同士での一番の決まりごとだから、依頼を受けた以上、金のないところからも、金は取らなくてはいけない。狩人の仕事は物騒だ、妖魔だけではなくて……今日みたいに、俺と一緒に居るならお前も気をつけてくれ」
 ジンはウィルの方に目をむける。
「そう簡単に遅れをとるとは思えないが……今みたいに、動揺さえしなければ」
 ウィルは小さく頷いて返事をした。
 うなづくウィルを見てからジンは右腕に目を落とす、したたるような出血は止まっている。

「日が落ちきる前に山を降りて、ふもとの人家のあるところまで行こう」
「歩けるの?めまいは?」
 ジンは左腕を木に添え支えにしてゆっくり立ち上がる、マフラーをはずし輪を作り、首にかけ右腕を吊り固定する。
「歩く、荷は負えない……かさばる毛布や重いものはぜんぶ置いていってくれ」
「持ってく」
「…………」
「だいじょうぶ」
「わかった、山賊や獣に鉢合ったら困る。急ごう」

 二人が深い山を降りて近くの人の通りがありそうな整備された山道を歩き続け日が暮れたころに村についた。
 農村らしく宿をしている場所はなく、もう夜なので警戒されなかなか扉を開けてくれる村人は居なかった。
 けれども、家々を回る怪我をした男と子供の様子をみて部屋に空きのあるという中年の、農民らしく手が日焼けし骨ばった婦人が家に招き入れてくれた。

 ジンは外套と上の服を脱いだ、体にこびりついていた汗とホコリと血を用意してもらった固く絞った濡れタオルでぬぐうとすぐにベッドに横になる。村に着いたときから熱が出始めていた。


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