「右目をキレイにえぐったら埋めて良いぞ、アレでは私でももう楽しむのは無理だ、見ていて……かわいそうだよ」
男は襟を正しつつ苦笑いをする。
「いいや、そもそもあいつは本物なのか、だったら埋めるのはもったいない、剥製か、漬けるか、食べるか」
品がいいのは身なりだけで、男は椅子にもたれかかり初老の執事に独り言のような小声で自分の思考を口に出して考え事をしている。
執事は首で小さく声にしない返事をしている。
「確かめてもらおう」
すっくと立ち上がりに書机向かう。
「犬を呼ぼう、目を取ってからこの町のどっかに隠してさ……ははは、まるで宝探しだ」
貴族の男は目を輝かせ妖魔狩人を呼ぶ事にした。
「狩人、剣を外せ」
「……」
「はずせ」
「それはできない」
館の門前で渋る頭巾の狩人に門兵がつめよる、狩人は入ろうとしている屋敷を指を刺す。
「この屋敷の中に妖魔が居るとは考えないのか」
「お前みたいなゴロツキが旦那様に剣を抜かない保証が無い」
「……依頼は破棄させてもらう、お前が主殿に今の経緯をすべて伝えてくれ」
狩人の男はあっさり引き下がり門に背を向け歩き出す。
「お待ちください」
息を荒げて老いた召使が走ってくる。
「失礼しました、どうぞ」
門柱をくぐり大げさな扉が開かれる。
「待っていたよ」
謁見の部屋に行くこともなく貴族の男は玄関廊下まで出てきいた、周りの衛兵は背を伸ばし直立している。
狩人は依頼主の前に膝を折り頭を下げ礼をする。
「急ぎの命によく答えてくれた、大切な頼みだ、頭巾をとってくれないか」
「……」
無言で頭巾を取る。
白い外套の頭巾の下から出てきた頭は白髪と白い肌が目に付く前髪で目元は見えない。貴族の男はニヤニヤ笑う。
「……ここの先の部屋で話をきいてもらおう」
あごで老いた召使と下女に先導の合図をする。
会食用のひろい部屋に入り貴族の男は椅子に着き、立ったまま召使からの話を聞く白い狩人を観察していた。
この男は今まで面白いことは“なんでも”してきたので妖魔とか死体を忌みものであるとはピンとこなかったがこの男をみて妖魔の事を忌みものであると思い直した。白い狩人の表情の固さと鬱屈さで。
この狩人は以前噂に聞いた。
血族が妖魔を狩りすぎて結果生まれた忌み子、その白い狩人は狩のことしか頭に無い、妖魔の血にしか興味が無い、命があれば一晩で山を越え駆け付け命をかけはした金でひたすら狩をつづけていたという、この大陸一番の狩人様。
忌まわしいっていうあつかいを受け続けるとこういう顔になるのか、行く先々でこいつ人間扱いされてるのだろうか……いや見せたくないから頭巾なんぞ被ってるのだ、この無表情の下にはそういう気持ちがあると思うと……。
貴族の男はこの白い男が滑稽で笑いが出そうになった。
狩人は契約書を軽く読むとサインを交わし屋敷から足早に出て妖魔を探しにでる。ひたすら町中を歩き回る。
狩人が人間の姿になった妖魔を見分け探す手がかりはただひとつ"勘"だけ、子供の頃から猛獣に芸を仕込むより厳しくしつけられた結果そういった奇業を行えるようになった人間が妖魔狩人と呼ばれる。
霧状の雨が降り肌寒くまだ昼だが大通りにも人がまばらだった。狩人は依頼を受けた屋敷から離れた、この町で働く労働者の家がある旧市街の方へ足を向ける。
切りそろえられた石で舗装された道から土の地面に変わる。おまけに雨もひどくなる。
「……」
路地裏の不ぞろいだが石畳が並べられた粗末な玄関先に子供がうずくまっている、ただの死にかけるほど空腹な子供か餓死死体だろうと気に留めなかったがよくみると服のような布切れと石畳に溜まる水がピンクに染まっている。
狩人はうつむく子供の髪を見る、黒だった。
さきほどの依頼で“青髪の子鬼”そんなことを召使が説明していたなと狩人は思い出す。妖魔の外見判断は殺した後でないと意味が無いのでまともには聞いていなかった。
とりあえずコレが死んでいるのかどうか確かめるため狩人は泥のついたブーツで子供の肩を蹴る。
蹴り飛ばされ崩れた子供の口からは口内に溜まっていたのか血がこぼれ、胸には短剣が深くめり込んでいた。
死ぬだろうな、と狩人が思う前に体が勝手に一歩子供から間を取り反射的に剣を抜いた、そして自分の失態に小さく舌打ちをする。
この子供が妖魔だった。