家への道

ジン……妖魔狩人の男、人間、白髪、無愛想
ウィル……ジンが拾った半妖の少年、少し言葉が不自由

※視点コロコロかわります。 この話の続きのイメージ


 町から家へまともな道はない、間に山と森しかない。
 ただ、代々妖魔狩人を続け名家だった家への場所へのヒントは多々ある。
 それは大昔に家が作られたころ荷車の搬入路のために整備した跡だ。その跡も草が生え石が落ち土は崩れ、補強に使われた木は腐食して土に変わっている。

 俺は何百回も通った道だから、昼でも夜でも、春でも冬でも木々の様子が変わろうとも道として見えるけれど初めてこの道を使い狩人の家にたどり着くのは骨が折れるだろう。

 更に夜は野犬が出る。彼らは家の側の森に住んでいる。
 家の犬でもないし、勝手に増えたり減ったりしている、たいしてしつけてはいない。
 ただその家の家主が連れてきた者意外が森に入ると全員噛み殺す……まで都合よくいかない、せいぜい吠え警戒し襲うぐらいだけれど番犬の役割を担っている。

 ウィルは町に居てほかの狩人が来ると面倒な事になる。
 早いところその辺鄙なところにあるわが家へ連れて行こうとしたが、ほぼ寝たきりだった怪我人、しかも子供の足では無理があった。
 彼は休憩を何回も入れ必死に歩いていた。だが遅いので彼が休憩する間は俺が背負い歩くことにした。
 それでも子供人一人背負えば格段に速度は落ち、時間がかかる。家への道の七割の所で日が暮れて辺りが真っ暗になった。

 犬のトオボエが聞こえる、近い、家の近くのも森から野犬が数匹やってきた、警戒している。
 彼らは犬だけれど、時々高い山を越えてやってきた狼の血が混ざり面長頑強で今のように喉を低く震わせた立派なトオボエをする個体も居る。
 初めてかぐウィルの匂いに興奮している、もしかしたら半妖だからなのかはわからない。今以上に犬を興奮させると襲われる。
 とりあえず家に近づくのを止めて野宿することにした。犬を殺すにしても日が出てからのほうが有利だ。

    ***

 ケガの話で、歩かないと歩けなくなるといっていたのを思い出し、なるべく自分で歩いていこうとしたけれど力が入らない、すぐに前を歩く狩人のヒト、ジンさんが見えなくなる。こっちの様子を見てはすぐに休憩を入れてくれた。

 ただ、その時間がそれがじれったいらしく、休憩する間は俺が背負って歩くと言われたので背負われた。
 ジンさんの外套についている赤いマントをはずして、掴む手と足のふとももの間にはさんでくれているので、足をしっかり固定し背負われていても痛くない。
 ジンさんは山の中を歩くというより走っている。足場の悪い場所を走っているのにもかかわらず体がひどく揺さぶられることがなかった、落ちる心配をして懸命にしがみつく必要が無いので疲れていたのもあるし、だんだん眠くなってきた。
 大きな段差の石をよじ登るところがあり、そこではさすがにおろされ手引きされながら登った。

 ほとんど背負われて運ばれている間に夜になってしまった。
 動物の鳴き声がひびく。
 ジンさんは足を止め今日はここで野宿すると言い、腰を下ろし目をつむり休んでいる。
 眠っていいといわれたけれど、眠れない、闇の向こうからこちらをうかがう獣が怖いので、首をすくめていると声をかけられた。
「寒いのか」
 違う、怖いと伝えた。
「暗いからか」
 違う、あそこに居る獣が怖いと森の中を指差す、ジンさんの視線もその指の先に向かう、追い払ってくれるのだろうか。
「犬だ、俺の家を守ってくれている、俺が居れば平気だ襲っては来ない」
 いなかったら、襲ってくるってことだろうなと服の裾を握り締めた。

    ***

 寒くて凍えていて、火をおこしたほうがよかったかと思ったら違った。この暗闇の森の中の犬が見えて怖いらしい。
「犬だ、俺の家を守ってくれている。俺が居れば平気だ襲っては来ない」
 ウィルは森の中の闇を見ている。
「気持ちはわかるが目を合わせるな」
 赤いマントをウィルの頭にかぶせる。
「こっちに寄ってきたらしつけておく、平気だ、眠ってくれ」

 ウィルは疲れていたのか、深く眠りに落ちた、寝息が聞こえる。
 犬が居るという方向に耳を澄ます。生き物の気配がある。植物の葉ずれの他に息遣いと足音がたまに聞こえる、二、三匹は居る。
 ふいに足音が近づき、俺でも見える近距離まで一匹がやってきた。
 そのままウィルのすぐ側まで来て臭いをかぐ、鼻にしわを寄せうなる。俺が身をみじろぎして舌を鳴らすと、さっと身を引き居なくなった。へたな人間より理解がいい。
 もうウィル一人でここを通っても平気だろう。

    ***

 ウィルは日が出る前に目を覚ました。辺りを見回した、犬はもう居なかった。ゆっくり体を伸ばす、伸びで背中の傷が突っ張り痛みが走ることがあるので慎重に伸びをした。

 ジンはもう既に起きていた。
 ウィルは寝ていないのかもしれないと思った、立ち上がり泥を落とし、赤いマントを返した。
 ジンはマントを腕に回し、しゃがみこみウィルを背負おうとしたがウィルは自分で歩けると伝えた。それを聞くとジンはすっくと立ち上がりマントを外套につけなおして家に向かい歩き始めた。

 ウィルは外套の赤い背中を追って休まず歩き続けた、一度腰をおろしてへたりこむと動けなくなりそうだった。
 日が登り始め、森は青に包まれている。
「もう少しだ」  土がむき出し、薄い草が生えている道が出来始めた、木々の作る影が一気に薄くなり、水の音が聞こえる。いっきに拓け、太陽の当たるくさはらに出る。

 日はもう十分昇り白くあたりを照らしていた。

 森を抜けた道から見上げるような丘の上に、大きい石造りの家が建っている。
 石壁に蔦が這い、多くの窓には板が打ち付けられている、古く装飾のない堅剛なつくりだった。
 家に向かうと川が流れていてこちらも石造りで細い橋がかかっている。橋の近くの一部は石が組まれ洗い場として使えるようになっている。
 その橋の先から丘の上へは土を削り、木で土留めされた急な階段があり登ると丘の上に出る。
 丘の上には家のほかに木造の納屋が二棟と土造りの倉が一棟建っていた。家に比べると小さく見える。家の裏には井戸がある。
 丘の上、家の周りは雑草だらけだった。玄関前は石が埋め込まれなんとか雑草が避けている。

 いきなり現れた風景と、くさはらの足をくすぐる長い草に気を取られながらウィルはジンの跡を追ってついていっていた。石橋の上で足を止める、こんなにたくさんの水と流れていく水を見るのは初めてで目が離せなかった。

「落ちるなよ」とジンは階段に足をかけながら振り返りウィルに声をかける。そのまま惹かれ、前へ倒れそうだった。
 ジンがもう一度声をかけるとウィルはジンを追いかけ、走ってきて質問をした。
「なに、名前?」
「名前?川か」
「それは、あと、ここの名前、場所の名前、町の名前」
「ここは町じゃない、地名もない、アルクレイド家の土地だ」
「ジンさんの家?」
 肯定にも否定でもない、虚ろな返事をしながらジンは家の玄関の鍵をあけ扉を押しあける、日の照っている外の緑との対比で家の中は暗く冷たく感じられる。
「おまえが静かに体を治して、少し考え事をするには……手ごろな場所だと思う」
 そう呟き、ジンは小さくため息をついて家の中に入って行く。ウィルもその背を追い、玄関の扉を閉めずに家の中に入って行く。


 
2015.10.05/修正2017.11.09