性悪山羊悪魔

※魔界の話はキャラクター説明などが雑になって行くので
.txtにおいてある創作キャラクター設定や目のすべる用語などに目を通すと
少しは雰囲気が分かりやすくなります。


 ウィルは目を開けるとやわらかい枕に頭を沈め眠っていることに気づいた、ここはベッドの上で上に掛けられている布団は上質な羽毛で軽くあたたかい。
 ゆめみごごちだったのはほんのわずかで、体の動きと意識をハッキリさせようとすると体の節々が痛み目が回り叫びだしたくなるような不快感に襲わる、もがけばもがくほど体が虚脱していく。
「なんなんだいきなり、寝てろ」
 何かに頭を横から枕に押し付けられる、痛くはない。
「誰……」
 ウィルは潰れた喉からかすれた声を出し尋ねる。
「私は悪魔レダ」
 ウィルはめまいが治まり眼球が自分の意思でうごくようになると言葉の主を横目でさぐる。
「ふざけたかぶりものと、冗談はよせ」
「妖魔はいるのに悪魔がいないって道理があるかよ」
 レダはウィルの頭を押さえつけた手でなれなれしく髪の毛をかき回す。ウィルは振り払うために手を伸ばしレダの腕を掴むが力が入らない、体のコントロールが効かないとわかると観念し手を離し髪の毛をされるがままにさせた。
 ウィルは山羊と目が合う、レダは目を細め笑う、動物の顔でも感情はわかるもので確実に愉しんでいる顔をしている。
 山羊とはおもえない、ギラギラした顔つきで犬のよう…でもない奇妙で形容し難い、角の生えた獣。
「どう……する気だ」
 ウィルは自分が服を着てないことに今気づいた。
「どうって、犯して痛めつけてでもしてほしいのか」
 レダは鼻で笑い手を離しベッドからすこし離れた小さい椅子に腰掛け言葉を続ける。
「私はなぁ、そんなことのために雨の中―……
 レダのこの言葉で直前の記憶をハッキリ思い出しウィルの顔色が変わった。
「ああ、死んだのか」

 その問いにレダは答えずゆっくりまばたきしてウィルを見つめていた。
「ここが地獄か、半妖の」
「律儀に信じてたのかおまえの所のありがた〜い宗教の教えを」
「人の楽園にはもちろん、地獄にも行けないから信じたくはなかった」
「ここは人の地獄かもしれないぞ」
「なら、早く薪にでも変えて燃やしてくれ……つかれた」
「そんな理由で自殺かくだらない」
「自殺……?私は撃たれて腹に大穴が開いて死んだ」
 ウィルは自分の腹をまだはっきり動かない手で探ってみた、あるのは子供の頃からの古傷だけ。違和感があったのは腹を探った右手のほうで布団から出して見てみると二本無かった。
「そもそも死んでないしここは地獄ではない、魔界だ」
 ウィルは怪訝そうな顔で山羊を睨む、山羊もムッと睨み返す。
「お前は出血を止めすらせずに諦めた。なぁ……あの狩人との約束は守ったほうがいい」
「誰だおまえは……」
「言ってんだろ。私はレダ、アンテノラの大悪魔レダとは私のことだ」
 山羊頭のレダは胸に手を当て目をつむり、ばか丁寧にあいさつする。
 レダのいち動作いち動作すべてがウィルのカンにさわる、頭にくる、なんてことない挑発だと分かっていても相手にしてしまうほどに。
「ハ……大悪魔ね。すごいな何でもできる化け物か何かか、うらやましいよ」
 体の節の痛みは引いてきた。体はまだ上手くうごかない。思考の歯車があわない。心がざわつく、口調も態度も一貫性が保てない、めまいをおこし意識が切れそうになる。ウィルは自分が今情緒不安定でまともな会話が出来そうに無いと気づいていたが、口をつぐむことは出来なかった。
「あの人との約束を守るだのなんだとか、あんたは畜生だが心があるように見えるよ ……私を殺してくれ」
「嫌」
 心情を吐露したウィルに一言で答えるレダ。

「つくったモノを無駄に壊すのはな、気分が悪い、練習もかねてさそれなりに見繕ってお前を悪魔にしたんだ」
 は?とウィルの口から変な声が出る。
「お前は自分の願いをかなえるために私と契約書を交わし使い魔として働く、果たすまで死ぬことはない」
「……願い?私が願うのか」
 ウィルの言葉に真っ直ぐうなづくレダ。
「私は悪魔だ。そうはいない、なかなかにすばらしい、上位の、どんな理不尽でも不道徳でも半摂理でも奇跡でも願うなら起こしてみせる。……代償は時間と労働のみで払ってもらうけどな」
 レダは胸を張り白いふわふわの毛を膨らまし自信満々に主張する。
「無い」その態度に水を差したくてきつく答えるウィル。
「ウソつけ」
「すごい悪魔なら知ってるだろ。ぜひとも私に教えてくれ」
「感情が具体的な形か音か文字列にならなきゃ説明できない、でも分かる」
 ウィルはため息をつく。
「まるで心が読めるみたいな言い方だ」
「うん!」
「……私のことをよく知ってる?」
 レダはさきほどとおなじぐらい元気よく返事をした。
 いよいよウィルはこの山羊のことが嫌いになった。

「どこまで」
「今読んだし見てたから、お前の生きた出来事すべて。ああ言い忘れてた……楽しかったありがとう」
 ウィルは舌打ちをして顔を歪ませて不快感をあらわにする。
「楽しかった、ね」
「とっても。周りの環境も、人間の狩人も、妖魔も、いい出来だった」
 山羊は満足げに感想を述べる。
「狩人……ジンの事もお前は知ってるのか」
「もちろん」
 ウィルの目線から顔をそらしへへへと半笑いで答えるレダ。
「私が知らなかった……理解できなかった彼の事を教えてくれ」
「それが願い?」
「それでいい、行く末だけでも教えてくれ」
「今は無理、まずお堅い契約書をつくらないとな。契約が守られる前なら私はお前が知りたい真実に嘘つき放題」
 ケケケと喉で笑うレダ。
「ウブで回りくどいことしないでどうせならもっと派手でカワイらしいこと願ってくれよ、ジンさんを生き返らしてほしいとかさ、会いたーいとか、本当の親子になりたーいとか……わかってねぇなお前は」
 ウィルは衝動的に体を起こしレダの胸倉を掴みにかかる、体がついていかずベッドから床に肘を強打して落ちる。
「分かってないのはお前だ!」
 痛みと怒りで奥歯が見えるほど歯むき食いしばり顎と腕で椅子に座るレダの足元まではい足に左手をかける。
「違う、知っていてからかってるな……性悪だ、さすが悪魔だやることが、すべて、下劣で!みにくい!」
「趣味でないとはいえない」
「あのまま死ぬはずだったのに、わざわざ雨の日に……ジンさんの姿で、出てきやがってっ……」
 ウィルはうなりながらレダの足を掴む、腕から先に渾身の力を入れ爪を立て肉を毟ろうとした。血が出るのはウィルの割れた爪の指先ばかりでレダは毛皮が血で汚れるだけだった。それでも力を一切緩めず血が床に滴るほどウィルは続けた、目から涙も滴らせながら。

「もし私を子供の頃に戻して、ジンさんを生き返らせて幸せに暮らしたいって願ったらそう……なるのか」
「幸せってのはおまえのあいまいな主観だ、もうちっと詰めて」
「ジンさんに旅を、狩りをやめさせて……穏やかに、一生戦うことなく、一緒に暮らすことは?」
「できるよ、それがお前の願いと、お前の考えるあの狩人との幸せか」
「……いいや、そんなこと私には望めない」
 レダの足からウィルの手はずり落ちる、床に頬をつけ倒れたままウィルは言葉を吐いた。
「雨の日のお前が化けた姿を見て痛いほど嬉しかった……」

 一分ほど間が空いた。しかしうながさなくてもウィルが自分の口で話す事を確信しているレダは大きい目を輝かせて口をつぐみ待つ。


「その後に、沸いてくるように思い出した」
 声は小さい、元のかすれ声もありほとんど本人以外に聞こえないような声だった。
「ジンさんが狩りで死んだのではなくて、本当は私は彼に捨てられたんじゃないかと憎み疑った事。すてられたんだとしても十分に育ててもらったのにもかかわらず、大人になって無駄に長く生きれば生きるほど、あの人の生き方に納得がいかないから、理解できないから心のどこかで否定したし、侮蔑したし、呪った。父でいてくれなかった事もひどく憎んだ。……それでも愛してる、あの狩人姿が忘れられない……あの、赤いマントの外套姿の、狩人のジンを愛してる」
 嗚咽が混じる。
「私は恩知らずで、醜い。人のようなあたたかい共感もなければ、妖魔のように冷淡でもいられない」
 爪が割れ血まみれの手と二本欠けたの手で顔をおおう。
「ジンさんに……会いたい、聞きたいことたくさんある、話したいこともたくさんある……でも、もう会いたくない、会えない、会ったら…………」
 レダはウィルが言葉には出せなかった部分は心の方を読んで理解した。

「あの時の悲しい目はそれか……ようやくお前の中で言語の形になったな」
「だから知るだけでいい」
「知ったところで……おまえ何も得ないし救われないかもしれないぞ、憎しみが増すかもなぁ、憎んだ相手がいなくて何処にぶつけんの?ああ、自分?そんな願い?」
 レダはそしる言葉のわりにスッキリ納得した表情で椅子から腰をあげ、うつぶせに倒れているウィルの脇下に手を回し軽々持ち上げベッドに戻した。
 レダはウィルの頭に覆いかぶさり血まみれの顔を白い毛の生えた手で抱き顔をのぞきこみいやらしく小声でささやく。
「な…他にさぁ完全な人間か妖魔になりたいとか、ぜーんぶ忘れてフツーに暮らしたいとか、いっぱしの男になりたいとかさ、いろいろあるんじゃないの?」
「そんなことは……至極、どうでもいい」
 力なく微笑したウィルの目は、はな先のレダを一切見ていない。
「百年以上壁の向こうでさまよって探した出しようの無い答えと思えば意味あるか、そりゃいいね……悪魔ウィル」
山羊なのに立派な牙の生えそろった歯を見せレダは失意のウィルに満面の笑みで返した。


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2016.04.25_下書き20150421_書き出し20150618