いい師であるうちに

出会って5年後


 近頃、他の狩人との依頼を吹き受けることをしなくなった。その旅にはウィルは連れて行けない、剣の相手をする時間が奪われる。
 自分が彼の、剣のいい師で居られる時間はそう長くないと思う。今すぐ彼が俺より強くなって追い越される、ではない。ただ俺の質が劣化するという事だ。
 筋力が落ちても、技術や経験が急に腐るわけではない。目が悪くなっても、足を痛めても、戦いようも狩りのしようもある。大きい悲観はもうしていない、戦えないことは無い。
 それでも錆びきる前の今の時間は大切にしたいと思う。

 だからこの手紙もそのまま暖炉へ捨てるつもりだった、封書の差出人の狩人の名前を確認して、中身を見ずに捨てればそれでよかった。 ただその手紙を開けて中身を走り読みしてしまい、町の名前が目に入った。
 遠い、多分片道で一ヶ月近くかかる。
 十三年前に行ったことがある場所、妖魔狩りにではなく、人殺しに。

   ***

 いままで人間を何人か殺している、妖魔と間違えたのではない。
 でも顔を思い浮かべ憎悪を込め”殺してやる”という感情で人を殺したことはない。
 自己防衛でどうしても殺してしまった、あの場は殺したほうがよかった、が正しい。暴力に直結するような膨らむ感情を呼び起こす熱意を他人にどうにももてなかった。

 そんな滾る殺意、暴力に訴えたい感情を持った相手が一人だけ居る。愛人を連れて家と責任と母から逃げた父だ。
 自分でも、俗的で共感や同情だって買えそうな分かりやすいシンプルな動機だと思う。
 父が消えて母の心の病が酷くなり、死んだ弟の名前で俺を呼ぶようになった。彼と俺はあまり似ていなかったのに。
 母は俺が居ない内に首を吊って死んだ、一度も名を呼ぶことは無かった。悪態でもかまわなかったのに。
 そういった母のこともあるし、散々、俺に拳と剣と悪態で狩人の誇りだのを教えてくれて、その誇りから一目散に逃げた卑怯者を殺しにいこうと思った。
 日銭を稼ぐような妖魔狩りと、家に帰らない長い旅の生活を続けた。父を探し当てるのに二年かかった。
 そこは毛を取る牧畜の町だった。いい場所だ、標高が高く、水に恵まれ、なにより捨てた家から遠い。
 殺そうと思ったが、殺せなかった。笑う父の顔は俺にとってまったくの別人だった。それに異母姉弟は大切にしなければならないと、残っている良心もそういっていたので、そうした。
 いつもずっとしなければならなかった。
 子供のころから、しなければならないことが多すぎた。

   ***

 その町の名前だった。
 もう父は剣を握れないくらい老いて弱ったのか、狩人であることを隠し続けると決めているのか、死んだのか、別の土地へ移ったのか……。
 複数匹の妖魔に困り手紙をよこした狩人の名は知らないし、こうも遠いといつかのように既に仕事は終わってるかもしれない、断るべきだ。
「……」
 これを見なかった事に出来ない。
 別の町で待ち合わせをし、その目的の町へ行く、長い旅になる。 ウィルを途中まで一緒に連れて行きどこか別の町において、そこから待ち合わせの町に行くこともできる。

 一緒に途中まで旅に行くかどうか聞くためにウィルを探しに屋敷を回る。
 彼は足を井戸のそばで左足を冷やしていた。崖だなのぼりの練習をしていて落石で潰した、折れて無いと言っているが、足首が赤く一・五倍に腫れている。
「明日、旅に出る」
 ウィルはしまったという顔をして三日いや二日待ってくれ、治るからと息巻く。
「他の狩人との狩りだ……しかも急いでいる、本当は今夜にでも出発したいくらいだ」  留守番を頼むときウィルはいつも困った顔をする。
「遠いんだ、今年は寒そうだから薪割りでもして待っててくれ」


 
2016.04.25_下書き20150906