髪の毛を売る話

ジン……妖魔狩人の男、人間、白髪、無愛想。
ウィル……ジンが拾った半妖の少年、スプーンとかちょっとした光り物好き。小食、肉は嫌い。


通貨は金、銀、銅のコインと金延べ棒
銅コイン一個で小麦じゃない雑穀の固いパン一個買えるぐらい。
金の延べ棒一本=金二十枚=銀百枚=銅六百枚
金一枚=銀五枚=銅三十枚
銀一枚=銅六枚
金コインは銅銀に比べてとても小さい。


 ジンはウィルを連れ、片道一ヶ月で依頼のあった南中部地方へ来た。高い山脈を越え風土や気候がガラリと変わる、ここから更に南へ行けば海の暮らしをする村や町が広がっている。

 妖魔狩りの依頼があったのは大陸の最南端へ続く大道の外れ、かわいた砂と荒野の町だった。
 その町から“狩人が寄らない町で妖魔に困っているどうかどうか、来てくれ”という切実な内容の依頼の手紙を受け取ったジンははるばるこの町へやってきた……のだが、運悪く他の狩人が立ち寄り事態はすべて解決していた。銅貨一枚ももらえず、帰り旅は報酬をアテにしていたので困窮した。

 こういうアテの外れる旅も当然あるので普段からジンは着ている外套のフードの内側に高価な金装飾品をいくつか縫い付いている。外側についているものはただの飾りでメッキだった。
 金のなくなってきたころにその装飾品を、外に付けている安物も含めすべて質に入れた。帰りの旅に困る事態にならないよう備えたのだが、その金をスリにあった。

 いつもの慣れた土地の旅ならばそうなったとしてもなんて事はない、野草を採取し山の獣を狩ってその肉を食べて食いつなぎ、余った毛皮を売ったりしてきた。
 ここ、南の荒地はそういった森やそこに住む手ごろな獣はいない。飲み水をえるのにすら金が要る過酷な所だった。
 なれない土地でいくら食に困っても、剣はもちろん外套や毛布などの旅荷を売るわけにはいかない、無いと寒くてとても山越えは出来ない。

 そんな状況でジンの頬がすこしこけはじめた頃でも、過去に食べないことに慣れ過ぎていたのかウィルは肌つやよくケロッとしている。
 ウィルは相当な小食だった。それでも体はちゃんと動き足早で過酷なジンの旅の後ろについてきている。
 家でジンが料理を出しても、二、三口食べるだけでほとんど残す。
 ジンが「不味いのか」とウィルに聞いてみたらまずいのではなく「とても食べきれない」と言った、更に「うまいか」と聞くとよく分からないといった様子で困っていた。ウィルは食べることにたいして関心も執着もなかった。

  ***

どうにも仕方ない、とジンは足重く散髪屋へ向かう。
「髪を売りたい、いくらで買ってくれる」
 ジンは客の居ない暇そうな店主に話しかける。店主はそれは見てみないと、と頭巾を被る客にもっともな事を言う。
 ジンは頭巾を外す、長くなった髪は後ろでゆるくくくっている。
「あ、白髪ですね。歳の割にはずいぶん多いですし色つやも……あー若白髪でしたかこいつは失礼」
「売れるか?」
「あー……ええ、そうです。純白のカツラを望む方はいらっしゃいますからね」
「銅三十」
「そいつは暴利です」
 ジンと話す店の主人の裾をウィルが引く。
「はい、なんでしょ」
 店主が振り返るとウィルもフ頭巾をとる。ジンは瞬きしながらその様子を見ていた。
「ふんふん、悪くない黒髪ですけどなんか塗ってるのかな、いやぁ違う、ウミウ色というか青っぽいん光沢があるんですねぇ」
 店主はウィルの髪の毛に指を通し確かめる。
「あのな、ウィル……」お前は必要ないと言葉を続ける前にウィルが話し出した。
「遠くまで来たし、露天で見た桃のサンゴ、欲しい」
「……」
「シラミもいませんね」
 ま、いいかと値段交渉を始めるジン。
「う…ーん、お二人とも長さが二倍あったら迷わずいくんです。ホントこの長さは惜しい、三十五で精一杯ですよぉ」
 店主は仕事口調で言い訳し、まける気はなさそうだった。
「銅四十」
「そーですねぇ、えー……」
 渋る店主にジンは頼み込む。
「子供が髪の毛売るって言ってるんだ……頼む、買ってくれ」
 ジンとウィルの二人の髪の毛を交互に眺める店主。
「……はい、わかりました銅四十で」
 ウィルは嬉しそうにジンを見上げる、ジンは無表情だがウィルに半目で見返し少し困っていた。

 散髪屋から出てくる頭巾をかぶった二人。
「スースーする」
 頭巾の中に手をつっこみ頭をさするウィル。それに適当に返事をするジン。
「今日のこれは最終手段だからな、こういうことは簡単にするな欲しいものがあっても、だ」
「うん」
 分かっているのか、分かっていないのか、元気はよく答えるウィル。
「この町でも紅のさしたサンゴぐらいならコレで買えるんじゃないか」
 そう言ってジンは店主から受け取った金のちょうど半分をウィルに渡す。「物取りに気をつけろ」と言おうと思ったが自分が言えた口ではないので止めた。
「……用が終わったら市場の入り口辺りで落ち合おう」
 ウィルは返事をすると嬉しそうに雑貨の露天へ走っていった。

 市で金をすべて焼きしめたパンと干し肉、水に変えジンは市場の入り口の門柱に寄りかかりウィルを待っていた。腹がすいていたので買った硬パンを口に運ぶ、ここ数日水と、口を紛らわす為に苦い野草をかじっていたのでパンの味と甘さが舌にくる。
 日が暮れはじめる前に多くの店が片づけを始めたころにやってきたウィルは首元に革紐で白いサンゴがさがっていた。
「紅にしなかったのか」
 ジンはウィルが手にしている紙包みに目線を落とす、ウィルが説明する。
「こっちは干し果物、北より安い」
 安いといっても南でも果物はパンに比べると割高な食べ物だった。
 ふだんからかなりの小食で食べ物に無頓着なウィルが食物を買うということにジンは驚いたが、体になんとも無くとも、水と野草生活はかなり嫌だったんだろうなと察した。
「泊まらないで、はやく家に帰ろう」

 ほとんどの露天や市場の店は片付け終わり旅人もすべて宿へ戻る。その中を二人だけ町の外へ歩いて行く。空は青く染まり星が出てくる。
 荒野に出て北へ向かう、町を振り返るウィルにジンが声をかける。
「この町から荒野を更に南に行くと海だ、紅いサンゴや貝や石が安く手に入る……また今度な」
「うん」


 
2015.09.22/下書き2014.01/書き起こし2015.07