不向き

ジン……妖魔狩人の男、人間、白髪、無愛想。
ウィル……ジンが拾った半妖の少年
        ジンから剣を教えてもらっている上手くなってはいるものの、、、


 草が刈られ地面が均された家のわきの稽古場で刃の付けられていない模擬剣を構え対峙するジンとウィルの二人。  ウィルは攻めあぐね剣を構えてはいるがすくんでいる。ジンは剣を前に出し自然体で構え目の前の稽古をつけるべき相手が挑みかかってくるのを睨み待っている。

「こないのか」
 ジンは構えたままみじろきせず声を発する。
「わからない、どうやって……どこから打ち込んでいけばいいのか」
「それで、こっちが踏み出すのを待ってるワケか」
 うなづくウィル。
「自分から仕掛けるのは苦手だな?」
 つづけてうなづく。
「自分から強気に仕掛けることのできない癖は見抜かれる。武芸を噛んでる奴は自分の勝ちの形を必ず持ってる、簡単にその流れを起させるのはどうだろうな……受身が悪いんじゃない、受身が念頭にある戦い方は幅を狭める」
「……でも」
「怖いか」
 ウィルは攻めと守りの意識が極端で、攻めようとすれば守りを忘れる、攻めれば常に受身でいるよりジンの反撃で当たる剣がより痛い、稽古でのその痛みの反復が剣で攻める気力を削いでいた。
「剣の稽古はもうやめるか」
「イヤだ」
 返事を聞くとジンはウィルを見据え両手で剣を構えなおし、じりっと足元の土をすり踏みしめ構える。歯を食いしばり身構えるウィル。
「体がガチガチだ、それで何が出来る」
 ジンはこう言い捨てるとウィルに厳しい目を向けたまま剣を下ろす。
「……身を守るぐらいならもう十分だこれ以上は無駄だ、辞めよう」
「待って!」
「なら来い」
 張り上げた声のようにウィルの体はすぐに動かなかった。
 その姿を見てジンは小さくため息をつき、体の線をそらしウィルとの対峙を解除した。
「今日は止めにしよう」
 模擬剣を腰に戻すしぐさをしたあとジンは剣を草陰に放り投げた。

「ごめんなさい」
ウィルの謝る声は小さくジンの耳には入っていなかった。

 ジンはウィルが戦いに向いていないと思っている。気性が穏やかで、そして考えすぎる、と。
 ウィルは剣などの型ならば頭を使いそつなく覚えていく。
 剣の取り回しや所作もジンが見ていないところで素振りをしているのか、初めて剣を振ったときのように小さい体が引っ張られることはもう無く、やわかった手もたくましくなっている。今では剣を手先と同じように正確に振るうことができる。
 口先だけでなく真面目に剣に取り組んでいるのをジンはちゃんと知っている。
 ただ、もっと強くなりたいというウィルの願い、それこそ妖魔と殺し合いが出来るような強さが欲しいという願い。それに近づくには頭や技量でどうすべきかよりもどんな痛みや条件でも体が戦うために動くことを優先する闘志をなにより鍛えていくしかない。ウィルには闘志という素質が欠けている。または、見えないこれ以上稽古をするのは酷だと思い始めていた。

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 次の日。
 昨日と同じ状態、ただジンは剣を持たず左手に皮布を巻きつけただけの姿だった。動揺するウィル。
「来い」
 剣は無くとも昨日と同じ気迫でウィルを睨みつけている。
「当たったら痛くないの……」
「布を巻いても剣をいなせば痛い」
 ジンは皮布を巻かれた左のこぶしの具合を確かめるように握り締める。
「ウィル、戦いに一番必要なものは闘志だ、武器の有無でも剣の振り方が上手い事でも頭の良さでもない……お前にはそれが足りない」
 もう自分でも分かっているだろうと諭すようにやわらかい口調だった。
「対峙した相手に恐怖を覚えて体が固まる。考えすぎて動けなくなる。稽古が無駄どころか繰り返せばそいつがだんだん癖になる、これの以上は逆効果だ」
「そんなこと……いわれても……」
「今もどうして打ち込んでこない?剣を手放して長々話をしている剣士なんて只の獲物じゃないか
」  そんな事を言われてもウィルはジンが素手でも十分に自分を相手に出来ることを知っている。それでも素手のジンに向かい剣を振るうのは嫌だった。ウィルが「出来ません」と言い出す前にジンが先に口を開いた。
「俺の腕以外上体のどこでもいい致命をいれろ、今日これが出来ないなら……お前の強くなりたいって願いは望み薄だ」
「でも……」
「俺はお前のために時間を無駄に過ごしたくは無い、あきらめてくれ」
「……」
「いいな」
「イヤだ」
「なら、来い」

 二人は三十分以上戦い続けている。
 腫れた顔を腕でこすり泥をはらい地面から起き上がるウィル、土ごとむしるように落とした剣を拾いまともな剣の振り方も忘れジンに挑みかかる、ジンによけられ首ねっこを捕まれ勢いのまま前へ投げ飛ばされる。
 ウィルは投げ飛ばされた勢いを殺し、体を素早く立て直すと体勢の崩れたジンのわき腹めがけ剣を突き出す、勢いの足りなかった突きは左腕で流され、ジンは右手でウィルの顎めがけ掌底を入れる。
 意識がかすみよろけたウィルをジンは地面に突き飛ばす、倒れこむ際になんとか受身がとれ、ウィルは顔を地面に強く打ち付けることにはならなかったが前腕を大きく擦り血が出た。
 ジンは骨など折らないようには手加減をしているが反撃の手段や荒さは容赦がなかった。
「ウィル、止めよう」
「まだ……」
 このやり取りはもう四回目になる、ウィルは起き上がろうとしているが眩暈をおこし立ち上がれない。
「なら、早く立て」


 体力が限界を超えて胃が痙攣し、草葉に嘔吐するウィルをみてジンが声をかける。
「……止めよう」
 ジンも挑みかかってくるウィルの剣をあしらい、殴り続け、今かけた声も息があがっている。
 ウィルは口元を手でぬぐう。下にうつむいたままイヤだと首を静かに横に振る、汗なのか涙なのかわからない水が顎先から落ちる。このまま諦めれば、もう二度とジンは、強くなるための、本気の剣の稽古をしてくれなくなる事を分かっていた、ジンがジン本人に定めた事は本当で言ったことを曲げやしない人だとウィルはよく知っている。

 ウィルは剣を拾い大きく深呼吸し息を整える、感覚が薄れふらつく足を踏み鳴らしてから剣を低く構える。じっとタイミングを計るように緊張していく。
 その緊張を感じ取りジンも身構える。
 走り出し大振りでジンに向かい剣を薙ぐ。ジンは後ろにとびかわす、ウィルは剣を手放しジンの足元に低く鋭く飛びつき足取りをする、上体が下がれば、倒れれば、そのまま腕を回し首を絞めようとした。
剣で致命を入れろなんて事は言っていない。が、ジンは倒れず。足にしがみつくウィルは背中に肘うちを入れられ息がつまった、手の力が抜けそうになるがこらえる。
 ジンはウィルがしがみつく手を離さず潰れないのを見ると自分からウィルを押し倒し、膝と左腕で彼の胸と肩を制し仰向けに押し倒し、顔を殴る――ところで振り上げ握りこんだ右手を解いた。
 もう目の前の相手の頬は赤く腫れ鼻から血が出ている、見た目の怪我だけでなく、顔に戦意があるようには見えない。こぶしを解いた右手を首に締め上げる形で添える。
「やめよう」
「イヤだ」
「諦めろ」
 ジンは脅すつもりで首を軽く締めた、喉が締まり声がでなくともウィルは顔を横に振ろうとしている。
 手を離しウィルの体の上の膝を浮かせジンは立ち上がりウィルに背を向け数歩離れる。

ウィルはうつ伏せになり身を丸めて咳き込み起き上がりふらふらと剣を拾いに行く、ジンは背を向け横目でその姿を見ていた。

 ウィルは剣を拾うとジンに駆け出し背に剣を振り下ろす、剣は空を切り、剣を持っていた左手首が捻り上げられる。うめき声が喉をつき、痛みでひるんだ手からも剣が落ちた、さらに掌底で胸をつき後ろに突き飛ばされる。
 ジンは地に落ちる前に剣の柄を手にすると突き飛ばし後ろにのけぞったウィルに強く踏み込み、剣を斬り上げる。
 ウィルの顎の下、喉元で模擬剣は刃を立たせピタリと止まる。
 本物の剣でこのまま振り切るとどうなるのか、ウィルは何度もその光景を見てきた。かすかに喉に当たる金属の感触で、より鮮明に、首がとぶ一瞬を理解し、肌が粟立つ。
 ウィルは目だけ動かしジンの顔へ目線を移す。ジンもウィルの顔を見ていたようでお互い目が合う。鼻が血でつまるのと緊張で苦しそうなウィル呼吸音だけが二人の間に響く。
 ジンはウィルの視線から目をそらせずにいた。普段の生活でも戦いの最中でもウィルは目線から必要以上に逃げる、ここまで長く目が合うことはない。今は怯えているが逃げずにギラついた目をジンに見せている。
「…………」
 首元の剣を押し上げられウィルは避けようと顎を上げ体を後ろにそらし、無言のままお互いのにらみ合いは終わった。
 ウィルは震える両手で首をおさえながら数歩下がる、肩で息をしている、そんなウィルの足元にジンは剣を投げ入れた。ウィルは震えつつも剣を拾い握ると間髪入れずジンに斬りかかった。

 ウィルは目を大きく開きジンを見上げる、土で汚れた剣のあとが服の右肩に大きく残っている、ウィルは手に持っていた剣を落とす。
「俺の根負けだ」
 ジンは手を伸ばしふらつき後ろへ倒れそうなウィルの胸元を掴み支える。
「おまえの執心には参るよ」
「……」
「責めてるんじゃない、俺がけしかけたんだ」
 ウィルは胸ぐらを掴むジンの手を振り払いそのまま地面にへたり込んだ。
「……お前に剣の技術や才能が無いとは言わない。ただ、向いていない」
「なんで」
「今日みたいな目をこれからも続けられるのか」
「……」
 ウィルはジンに見られないように下を向き苦渋の顔で唇を噛む。
「強くなりたいなら、以前のような逃げ腰の態度は許さない」
「……はい」
下を向いたまま消え入りそうな声で返事をした。


 ウィルは靴を脱ぎ捨て、服を着たまま稽古場の横に流れる小川で体と服についた汗と泥を落とす。家の外の流し場に向かい服をその場で脱ぎ、後で洗うように桶に浸けておく。
 体の傷を更にすすいだ後、濡れたまま家の中入る、廊下の石畳を裸足でヒタヒタ歩き自室に戻り、体を拭いて肌着を着る。腫れた顔にぬれタオルをあてながら傷に付ける薬を探そうと医務室としても使っている台所に裸足で向かう。
 中に入るとジンが薬を出して待っていた、ウィルは座れと促され椅子に座り傷口をみてもらう。
 ジンはもくもくとウィルの顔と身体に軟膏をぬりこんでいく。
「あとは?」
 すりむいた両肘を前に出すウィル。
「血はとまってよく洗ってある。おまえならすぐ治る」
「……」
 ウィルは先ほどから眉間にシワを寄せ口を結んでいる。
「怒っているのか」
「どうして、さっきの避けなかったの」
「言ったろ根負けだと」
 ジンはウィルの疲弊しきって更に腫れた顔をみつめ答えた。
「血反吐一滴残らず吐ききるまで、やりそうだったからな」
 返答に納得した様子は無くウィルはまだムスッとしている。
「……言いたい事があるなら自分の口でハッキリ言え、わからない」
 ウィルはジンの顔色を伺う、ジンはかまわないと小さくうなづく。
「いつも、酷い怪我しないように手加減されてるのは知ってる。でも――剣で、剣の稽古でこんな風に、ここまで手抜きをするジンさんは嫌い」
 ウィルは言ったことを後悔し頭を伏せた、肩をすぼめ身構えているとその頭に大きい手が乗る。
「なんだ、散々殴られたことじゃないのか」
「……」
「嫌いで結構だ」
 ジンはウィルの頭に載せた手の指で頭を軽く叩きながら答えた。
「…………ちがう、多分ちがう」
 首を横に震えるように動かし呟く、うつむき向かい合っている石床に染みができる。
「強くなれないことが、くやしい、ジンさんの仕事の邪魔をしてまで稽古をしてもらってるのに……」
「……」
「鍛えても体が大きくならないし、力も、足りない。その分もっと考えなければと思ってたけど間違いだった、不向き、望み薄って……もう、無理だから、手抜きをされたと思った。それが……辛い」
 ウィルは歪んだ喉を詰まらせながら訴え終わり、腕で目をおさえる。
 ジンは聞き終わるとウィルの頭から手を離し肩にその手を置いた。
「十分……よくわかった、怪我が治ったら、今日の続きをしよう」


 
2015.08.21/下書き2015.07.20