石の駒の話

ジン……妖魔狩人の男、人間、白髪、無愛想。
ウィル……ジンが拾った半妖の少年、読書家、ジンから剣を教えてもらっている。


 暖炉のある広い居間の大机を二人で使っている。
 ウィルは埃まみれのチャス盤を雑巾でキレイにぬぐい駒の初期配置をしている。
「最近納戸で探し物をしてると思ったらチェス盤か」
 仕事の手紙の開封と帳簿に書付をしていた手を止め頬杖をつきジンは話しかける。
「一人じゃ出来ないだろ?」
 ウィルは傍らに持っていた本の背表紙を見せる、ジンはそれを読み上げる。
「“詰めチェス 入門”」
「ジンさんは、チェスする?」
 駒が無かったのか代替に駒のイニシャルを刻んだ丸石に腕を伸ばし手に取るとジンは答えた、ウィルの期待した目線を受けながら。
「しない、できない」
 じゃあ覚える?と本の最初のルールの解説ページを開きジンに見せる。
「俺は覚えないからな」
 本のページをそっと閉じあからさまにガッカリするウィル。
「そう気落ちするな、旅をしていれば宿でも酒場でも昼間から盤を囲んでる相手が見つかる。……今朝、町まで手紙を取りに行ってきた、知り合いの狩人から依頼が入った留守を頼む」
「はい……」
「朝前には発つ そうだな」
ジンは元の場所に石を戻した。
「二、三週間で戻る」

 ジンは自室に戻り旅の支度をする。
 他の狩人との仕事にはジンは半妖であるウィルを連れて行かない、妖魔かそうでないのかは結局のところ殺してみなければわからない。依頼がなくても小金がもらえそうな街や村であれば狩人に出会ったウィルは殺されてしまうかもしれない。半分妖魔だとわからない狩人ならかまわない、半分だと見抜ける狩人ならばジンがなんとか話のつけようもある。ただ中途半端な狩人には説明の仕様が無い、気性が荒い者ならここでためしに殺してみようという話にすらなりかねない。
 ジンは町に妖魔が居るかいないかの判断はできても、狩人がいるかいないかはわからない。ウィルの命を守るという事だけであれば旅に連れて行かず、早くどこか僻地で一人で暮らさせるのが一番いいことはジンにも分かっている。
 それでも普段ジンがウィルの旅の同伴を許しているのは、今までは旅の途中にすれ違っても気づくことが無かった、考えもしなかった半妖、妖魔が混ざった生き物に道中出会えるかもしれないと思ったからだった。
 ウィルと暮らしていてジンは妖魔の見極めの閾値が下がり以前より更に正確になった。望みの薄い行為ではある、でも、もし見つけたならジンはその半妖にウィルを押し付けると決めている。その半妖がどんな性格で生態だろうとその傍らで半妖の身の振り、そこまで生き永らえてきた方法さえ覚えればいい。あとはどうにでもなると。
ジンがウィルに教えている体術と剣は着実に上達してきている。簡単にはさらわれ手込めにされるなんて事はもうない、死に方だって知っている。そのことはジンがウィルを捨てることに一切躊躇しない理由になっていた。
 旅の外套を用意し、剣の確認と手入れをし、二人で旅をするより小さく軽い荷袋を作り、ジンは日が暮れない内から仮眠をとることにした。

 ジンは夜に目が覚めると、外の薄明かりでランプの火をつけ外套とブーツを着付けていく。
 剣を腰につけ荷を背負い自室から出て居間に顔を出したがウィルは居なかった、もう眠ったようだった。
 部屋に足を踏み入れる、暖炉の火は消えて大分経つのか部屋の空気は冷えている。ジンは棚にランプを近づけ目をやると石ころの混ざった駒が並んでいるチェス盤が置かれている。
「…………」
ランプを置き紙とペンを探す。

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 旅と仕事を終えて真夜中にジンが帰って来た、家は石造りで小高い丘の上に建っている。森から家につながる一本だけの小道は家の窓からよく見える。

 ジンが玄関先で鍵を探している間に鍵が回る音がして玄関の扉が開く、ウィルが居た。
「ただいま、起きてたんだな」
「毎日は寝てない、眠いときに寝る」
「……いつも俺と旅をしてるときは眠くないのにいつも眠ってるのか?」
「わからない」
 ジンはすこし首をかしげどういうことかウィルに説明を求めた。
「寝る時間だと思えば、寝る時間」
「そう、なのか」

 ジンはウィルが使っていて火が十分熾きているあたたかい居間に入ると扉の近くに旅荷をそっと置く。赤い暖炉の前に椅子を引きずり腰を下ろし長いため息をついた。
「……二、三日あまり寝ていない、ここで寝てもいいか?」
 遅れて居間に入ってきたウィルにジンは尋ねる。
「剣の手入れや荷解きは明日、自分でやるからこのまま置いておいてくれ」
「うん、おやすみなさい」
 気を使っているのかそっと扉を閉めていくウィルにジンは声をかける。閉められそうだった扉が少し開きウィルは顔だけ中に入れて返事をする。
「みやげだ、荷の中の赤い布に包まっている」
 ウィルは扉を開き居間に入ると膝をつきジンが指差した旅荷の紐を解く、その中のやわらかい手触りの赤黒い布を取り出しジンに見せる。
「ああ、それだ……家にあるのとは形が違うかもしれない。ただの石よりはいいだろう、よかったら使ってくれ」
 ウィルが布を開くと中からよく磨かれたチェスの駒が足りなかった場所の分だけ数本出てきた。
「相手が出来なくて悪いな」
「ありがとう、ジンさん」
 そう言うとウィルはその駒をまじまじと見つめる。
 十分みつめ終わると居間の大机に広げたままだったチェスの駒ともらった駒と本を盤の上にまとめると落とさないよう持ち上げ
「おやすみなさい」と告げ、扉も閉めずに自分の部屋に駆けていった。

 その姿を見送るとジンは椅子からずり落ちるように暖かい暖炉の前の床に腰を下ろした。左腕を締める皮布やブーツのゲートルを解き、足を投げ出し座り暖かい石床をなでる。
 ジンはしばらくその体勢のまま暖炉の火を眺めていた。横になり、深呼吸をしてまぶたを閉じるとそのまま眠ってしまった。


 
2015.08.19