山小屋の死体の話

ジン……妖魔狩人の男、人間、白髪、無愛想
ウィル……ジンが拾った半妖の少年、昔に首絞められたせいで喉が歪んで声が上手く出ない、喋りがあまり上手くならない理由のひとつだった。


 山間の獣道と見間違うような小道を赤マントの外套の男とそれと比べ小さい外套を着た二つの影が通る。
 赤マントの外套の男は剣を腰にさげ荷袋を肩に担ぎ、小さい外套は寝袋に使うような布を紐で丸めたものを背に担いでいる。

 あたりが夕闇から青深くなると同時に空の雲行きが怪しくなる。
「……今夜は山越えはあきらめる、どこかこもる場所を見つけよう」
 赤マントの外套の男は後ろにしっかり伝付いて来ている小さい影に話しかける。小さい影はコクリとうなづく。
 しかし、進んでもしのぐ良い場所がみつからない。

「ジンさん」少年の声はひどく掠れている、喉が悪いのだ。
「どうした?」
 声をかけられた赤マントの外套の男、ジンは背を向け足を止めたまま答える。
「……」
 返事が無いのでジンは振り向く。少年は数歩後ろで反対の山壁をじっと見つめている。ジンは少年に歩みより、彼が見つめる方角を同じように見つめる。
「山小屋がある」
「明かりは?」
「無い……たぶん」
 辺りはすっかり更け真っ暗で、ジンの目には何も見えなかった。
「こんな山の中にあると、炭か狩小屋か何かだろう丁度良い借りよう」
「……」
 少年はそれにうなづく。
「ウィル 向こうに見えるのか?」
「?」
 ウィルと呼ばれた少年は人間ではない、半分は妖魔の血が入っている。
「目がいいんだな……俺には見えない、悪いがそこまで先導してくれ」

 ウィルは木の枝を杖に足元を確かめつつ深い藪を慣れない足取りで先導する。
 あたりを切り分け開けた小さな土地に簡素な小屋がある。近くまで来たが二人とも藪の暗がりから気配を殺してあたりを観察する。火の手もひと気も無い、小屋の脇にいくらか薪がつんである、小屋の入り口の戸の前は太い雑草がぼうぼう生え始め。長い間使われていないようだった。
「ま、平気だろう」
 ジンはそういうと藪から出て、体についた葉や土をはたき小屋の戸口に向かい、戸をそっと開ける。
「あたりがしける前になにか火口とそこの薪を持ってきてくれ」
 ウィルはジンに言われ頷きすぐさま辺りに落ちている乾いた枯れ草や小枝をひろい集める。

 ジンが小屋に入る、すぐ左手に暖炉を兼ねたかまどがあり、その向こうに本と雑貨と道具の並ぶ棚がある。中央には木の皮がついたまま組まれた簡素で荒々しい風体のテーブルがあった。卓上の上にはカップと干からびたパンのようなものが乗った食器が並んでいる。さらに右手の奥に子部屋があるようでジンはそこに向かう。

 ウィルが両手一杯に薪と枯葉などを抱え小屋の中へ入ってくる。かまどを見つけると抱えているモノと背負っている荷をその辺にほうり、かまどに沿うように置かれていた火掻きを見つけ、手早く灰を均し木を組み火口をしかけ暖をとる準備をする。

「ジンさん、火打石」
 ウィルはジンが居る奥の小部屋に向かう。
 ベッドがある小部屋の床に人が死んでいた。パンと同じように干からびきって腐敗臭はまったくしない。
 ジンはベルトに付いている小さな鞄から火打石を取り出し無言でウィルへ手渡す。そしてベッドに歩み寄り、埃とハエの死骸と蛹だらけのシーツを掴むとそれを死体にかける。あたりにほこりと虫の死骸が舞う。
「ここにあるものすべて、気兼ねなく使えるな」
 そういうとジンは口を押さえほこりを避けながら小部屋から出て行った。
 ウィルは床の人の形に浮かんだ布を先ほどのジンとおなじぐらい見つめ小部屋から出て行った。

 雨が強く降りはじめる、かまどの火を強めに焚いても寒い。簡素なつくりの小屋は風も雨もよく通す。ただ、外に比べればとても快適であることには間違いない。
 外に出しておいた穴の開いていない器に貯めた雨水を手持ちの小鍋で沸かし二人とも少しの食事を取るとジンはもう使う主人のいない食器を床に下ろしそのテーブルの上に仰向けに寝そべる。ウィルは棚に並べられていたガラスの置物のひとつを手に取りまじまじと眺めていた。
「そいつは……ロウを入れるシェードだな」
ウィルはそれを聞くと同じ段に転がっていた短いローソクをかまどの火でつけ入れてみた。手元が少し明るくなる。
「ねぇ……ジンさん、あの人埋めないの」
「……埋める?」
「人は死んだら埋めるって」
「埋められない人もたくさん居る、彼がそうだ……強い雨と風が止むか――いや、夜が明けたら出発する。時間が無い、次の村の依頼が待っている」
 大きな町の依頼があると、決まって次々と依頼が決まる。狩人が来ると噂が広がり狩人が必要な地方の村の使いがその町へ集うのだ。
 そしてジンは三ヶ月以上足を止めず次々と旅を続けている、野宿でも体を横たえる事は無く、今しているように床に寝そべる日は無い。ウィルはジンが町で狩りに出かけている間なんとか睡眠と休息をとって疲労を凌いでいる。
 ウィルはジンが疲れているんだと分かった、何を見ても無表情の、笑ったり泣いたり怒らない人でも、それでも分かった。
「……」
 ウィルは手元のロウソクを眺め何か言おうと、言いたいけれど、言えず困った顔でまごついている。ジンは寝たままウィルに顔を向け言う。
「死んだ人間を埋めなくたってどうって事はない、早く……寝ろ」
 ウィルは顔を上げジンの顔を見るとうなづき、手元のロウソクの火を消した。そして二つ丸めた布の紐を解き、一枚テーブルの上の静かに寝息を立てているジンに掛け、自分は布に包まり机の椅子にもたれかかるように床に寝た。

   ***

 ウィルが目を覚ますとテーブルの上に寝ていて布二枚に包まれていた。
 外がうっすら明るくなったのが壁の隙間から見える、ジンは水袋に湯冷ましの水を入れていた。
「雨は止んだ、俺は出かける」
「!」
「おまえはここに残って彼を埋めてやれ」
 ウィルは首を横にふるとテーブルから落ちるように飛び起きてあわてて毛布を畳みまるめ紐で結わい出かける準備をする。
「ご、ごめんなさい 待って」
「置いてったりはしない。仕事が終わったらちゃんとここに立ち寄る……二日で戻る」
 ウィルは一人になる事もとても怖かったが、ジンが仕事先でひとりで死ぬと思うと、怖かった。“置いていかないで、ジンさんは埋められない人だから”……とは本人に決して言ってはいけないことだと分かっている。
「う、埋めなくても……いい」目に涙をためて訴える。
「……あせらなくていい まだ水入れている所だ」


 
2015.06.11/微修正2015.10.05