どのくらい強く

ジン……妖魔狩人の男、人間、白髪、無愛想
ウィル……ジンが拾った半妖の少年、言葉がやや不自由だが素直


 ウィルは旅をするときの子供用のマント、外套をもらった、顔がすっぽり覆う大きい頭巾が付いている。今ジンが着ている赤いマントの付いた白い外套にも頭巾がある、その頭巾には金の小さいピアスのような装飾品が縫いつけてあり金策尽きた時はそれを売るのだと言っていた。

ある町でジンが手紙を請け負う店に立ち寄っている間、ウィルは一人外で待っていた。外套の頭巾を目深に被り低い塀に腰かけ静かに人の往来を見ていた。
こういうものを被り顔を隠していると喧騒の中でもとても落ち着いた、が、急に誰かに頭巾を剥ぎ取られた。

=================

 二人組みにえり首を捕まれ路地に引きずられていく、ウィルはいきなりの事で体も思考も強張り声ひとつ上げられない。壁に突き飛ばされ、頭を腕で守るように地面にうずくまる。男は「顔を見せろ」とその腕を引き剥がそうとする、体が浮くぐらい強く引っ張られる。
 ウィルは必死に抵抗するので何度も脇腹や頭を守る腕を蹴られた。

「……俺の連れだ、なにか迷惑を」
 路地の入り口にジンが立っていた、二人のうち体つきのいい一人が肩をいからせ悪態をつきながら向かう。向かい合うとすぐさま相手がジンの胸倉を掴み突き飛ばした。
 ジンは彼らがどういう人間かはっきり確かめると素手で二人を地面に伏した。二人の顎を打ちぬいた左手が腫れていく。
 それが済むと赤くすれた腕を顔の前に組んだまましゃがみ硬直しているウィルに声をかける。出会った街のあの屋敷に行き着くまでにこういう風に連れ去られたんだろうなとジンは思った。
 顔を上げるとウィルは壁に手をつき咳き込みながらゆっくり立ち上がる。
「ご、めんなさい」
「お前は悪くないだろう」
「……手が」
「普段殴らないからな」
 ジンは赤く腫れた左手を握る動作をして怪我の具合を確かめる。
「何で、剣……使わないの?」
「……俺にこの二人を殺せと?」
「…………」
「ここからはなれよう」

==============

夜になる前に町を出て野宿になった。

「お前は人殺ししたいか?」
 小さい焚き火の前で膝を抱え、頭巾も被りうつむいているのでウィルの顔は見えない、ただ泣き出しそうな声でジンの問いかけに答える。
「……嫌な事されるなら、したい」
「分かった」
 ジンは自分の剣帯についている短剣を取り外しウィルに差し出す、その様子にウィルは顔を上げる。
「剣は持っているだけではダメだ、お前では人一人ろくに殺せない、自分の身一つ守れない、戦い方を覚えたいなら俺が教えよう」
 短剣を受け取ろうと手を伸ばしたウィルにジンは言葉を続ける。
「どのくらい強くなりたい?」
ウィルはその言葉に手が止まった、
「…………」
「憎い奴を皆殺しに出来るくらいか?」
「…………ぐらい」あまりに小さい声だったのでジンはウィルに聞き返した。
「ジンさんみたいに」
「……」
 ジンはウィルの手から短剣を離すように上に持ち上げ、小さいため息をつく。
「剣を振ると最初は手が血豆だらけになる、腕や肩も痛む、慣れてきた頃に手は厚いタコだらけ、それは剣術や武芸を習うなら誰でもそうなる……ただ……俺か……」
 ウィルの頭巾ではっきり見えないが、たしかに向けられている目線をそらすようにジンは横を向き考えを巡らし、言葉を続ける。
「俺は稽古でお前を容赦なく殴るし、地面に打ち倒すぞ、……あの屋敷に居た時と大して変わらない体になる、どこも痣と切り傷だらけ、治らない内にどんどん増える……さらにお前の体はたぶん……大きくならない、俺みたいに強くは無理だ」
聞いていたウィルの肩が落胆する。
「でもな、お前に合った戦い方はあるはずだ、それでもいいなら――やろう」
ジンは身じろきし、顔と体をウィルに向き合い再び短剣を差し出す。
「あの……」
「もう嫌だとお前がひとこと言えば、俺は止める、二度と再開しない……これでいいか?」
ウィルは一生懸命返事をすると両手を合わせ差し出す。その手の中にジンは短剣をしっかり渡した。


 
2015.06.07