独り立ちして若いまだまっすぐなジンの話、心の中が口汚い。
小さいボロ家の室内、夫婦のようだった。
男が妖魔、俺がノックもせずに家の中に押し入っても身じろぎひとつしない。
人間と同じ顔をして人間と同じ目で、男はうつろにこちらを見ていた。
ここは小さめの村で、村人は今朝から裏口は釘を打ちし家から決して出るなとお触れが出ているらしい。皆察する、人を食われるという猟奇的な被害が出ているのだから。
妖魔にも知性はある、貧村の学の無い男に成り代われる程度は、この男は俺が誰か知っているはずだ。
死にたくないならとっとと逃げるべきだし、襲い掛からなければ見逃してもらえると思っているのだろうか。
一方妻はすごい剣幕で俺をまくし立てる、もはや鳴き声だ。
村に到着し、長と金の話をつけると”妖魔狩人がやってきた”と聞きつけた長と懇意でありそうな村人がまずウチをみてくれ、と強引にそれぞれの家にひっぱられた。
どこにいるかの目処はたっていて無駄な時間だった。
妖魔気配が逃げるようならすべて切り上げて追えばいいかと「あそこが怪しい」などという村の中の噂ややっかみの繰り言を我慢していた。
そしてその“あそこ”は今居る“ここ”だった。
さきほど吹き込まれた噂がそのとおりならばさわぐこの女は、ほんの少しだけ、気がおかしいのかもしれない。
妖魔から目を離さず剣に手を伸ばす、女は剣にのびる手にすがってこようとしたので鼻を殴打しひるませそのまま壁におしのけた。
男は全く動かず首を跳ね飛ばされた。
剣を抜けば、一歩踏み出せば、近づけば、振りかぶれば、間違いなく反撃を狙って襲い掛かってくると思っていた。まちがえた?
かつてないほど手汗をかき、不安に襲われた。
しかし数秒で、切り落とした男の首が人間の骨格から外れて行く姿を見て安堵した。
その死体に背を向けてここから出ようと出口に振り返ると鼻から血を流した女と目が合った。しばし呆然としていたが金切り声を上げ顔をおおいうずくまった。
外に出ると村人が数人、野次馬なのか待っていた、この家に居ることを確信していたんだろう。皆安堵の顔をしていた、この村は子供だけを3人を食い殺されていた。
終わったことを伝え、死体の処理の方法について話がしたいので長と男手をここに呼んでくれと言いかけたとき、妖魔のいた家の中から女が出てきた。
集まっていた村人の視線が一斉にこちらを向く。何を問われているのかはわかる。「ちがう」と首を横に振る。
女は調理用の刃物を持っていた、それを腰にすえてこちらに突進してきた。
周りに人が居るのでよけないほうがいい、剣を鞘ごと帯から振りほどき女の持つ刃物を手ごと思い切り下に打ち払った。刃物は落ち、勢いのついた女だけを半身で避け後ろ髪を掴み地面にうつ伏せにうち倒す、両腕を後ろに捻り上げ、膝と方腕で押さえつけ拘束する、わめきながら細い体を相当な力でばたつかせ振り払おうとする、このままだと肩を外してしまいそうだ。
「だれか、ベルトか腰帯なんでもいい紐を貸してくれ」
固まる村人に声をかけ片手を伸ばす、お互い顔を見合わせていたが青白い顔をした男が腹帯を貸してくれた。
女を後ろ手に縛り上げる、刃物を打ち払われた手の指の何本かはどんどん赤黒く膨れ上がる、粉々に折れている。そんな痛みをものともせず彼女は罵詈の言葉を俺にわめく。
……神をあまり信じてはいなくとも、女性の口から出る呪いはとても聞くに堪えない。
縛り上げた帯を持ち引きずり彼女の家の中に放置した。
家からでると、さきほどの村人達は居なくなっていた、視線は感じる、家の中からこちらをみているのだろう。
背後の閉めた扉からもう罵声は聞こえない、すすり泣く声が聞こえる。
妖魔の死体の処理についてと報酬をもらうため、村長と彼の家で二人きりで話をしていた、遠くから金切り声が聞こえる。
「……一緒に居た彼女は妖魔ではないんですか」
先ほどの野次馬の村民達が声に出さなかったことを聞いてきた、同じように否定する。
長は彼女の素性を話した、元はどこかの高家だったこと、遠縁にももう身寄りが一切無いこと、心を病んでからの迷惑行為と素行。
「妖魔の処理は、家ごと燃やすことにします。ほんと隣家と離れて建っていてよかった」
ついでに燃やすから彼女を殺してくれと言われている、長は机の上に最初に言っていた報酬の金と、それとは別に小銭を用意している。
あの気がふれた女の呪いの言葉より、侮辱されたように感じる。
人と妖魔を間違えないように、人を殺さないように積んできた努力を否定されているようで、仕事で人を殺しても許されるなんてことがある事は、むなしい。
以前、「人と間違えたら頭の骨と顔を徹底的に砕いて分からなくすればいいんだよ、心配すんな」と笑いながら気軽に言っていた同業の狩人を思い出し、悪心がした。丁寧に、穏便に、断りたかったがそんな気分にはどうにもなれない。
「彼女は縛り上げて家に置いてある自分達でやればいい。私の、妖魔狩人の告発なんてだれも聞かないのはよくご存知でしょう……なにも心配はいらない」
言い方に頭にきたのだろう、長は無言のまま妖魔狩人の報酬だけを袋に入れ土床まで投げつけ、俺に、顎で床を指す。
静かに、ため息をついて、力の入っていた自分の拳をほどいた。
土床まで下がり金の入った袋を拾う、金を数え、村長の顔を見ず、頭を下げ、静かに扉を閉めて出て行った。
終
20151125.
20150925下書き/20151115書起し